
とんでもなく、懐かしいアニメをあるきっかけで思い出しました。
「魔女っ子メグちゃん」
このアニメ、私は小学校に上がる前に見ていたような気がします。
多分、夕方の再放送で見ていたような。。
もの心つく前のことであまり詳しく内容は覚えていなかったのですが、今でも強烈に覚えていることは、とにかく胸がドキドキしたこと。ワクワクして、このアニメが大好きだったことです。
その後、たくさんのアニメを見ましたが、子供の頃に見たアニメは?と聞かれたらタイトルは思い出せなくてもいつもこのアニメのことを思い出していました。
「魔女」は女の子の憧れなのか、その後もいろんな物語がアニメ化され放映されましたが、私にとっての「魔女」はこのアニメに出てくる紫色の大人っぽい女性とオレンジ色の主人公の女の子、それ以外はありえませんでした。
幼い私が心奪われた物語が有名な「魔女っ子メグちゃん」だったのだと知ったのは、だいぶ時間が経ってから。
そうして2022年のライオンズゲートが終わったタイミングでまたこの物語を思い出し、初めてこの物語の「第1話」を見てしまいました。
第1話でこれだけの内容を盛り込むか??と昭和のアニメの凄まじさにびっくりですが、今日見ることになったのは、私のこれからの人生に対する何かの「アクセスキー」として再び目の前に現れた感じがしています。
紫色の大人っぽい女性とオレンジ色の主人公の女の子。
この表現からもわかるように、幼い私に強烈な印象と魅力を感じさせていたのは、主人公のメグちゃんではなく、ライバルの女の子の方でした。当時の私からすると「大人の女性」に見えましたが。
「ノン」という名前だったとは、今日知りました。
もう少しお話が進んでいくとこのキャラクターがもうちょっと魅力的な絵になっていたように思います。第一話はちょっと怖い😅
「マレフィセント」でも書きましたが、私はなぜか明るい光の下にいる主人公よりも、あえて影に徹するキャラクターに目がいってしまう傾向がありました。それは「憧れ」というよりも「共感」であり、そこには「光に対する反発」があります。
「光こそ残酷。全然わかっていない」
「光は影があるからこそ輝けているのに」
この気持ちは、成長していくと自分の周りで屈託なく輝く人々に対しての強い憧れと嫉妬の感情となって、長く私を苦しめていました。
「私は決して光にはなれない」「そう生まれついていない」
「目立ってはダメだ」「どうせ私はダメなんだ」
そういう思い込みを私はことあるごとに現実に投影しては味わい続けました。
でも。
いろんなことがあって、40代半ばの今頃になってようやく私は「オレンジ色のメグちゃん」の方に移行し始めている自分を感じています。
遅いじゃないかとも思いますが、やっぱり「今」だからかなとも思います。
なぜなら、「今」なら、「ノンちゃん」も一緒に光の世界に移行することができるから😊
「光と影の和解と統合」
やっと私の中の「魔女」が解放されていきそうです。
ちなみに、幼い私がこのものがたりで特に目を輝かせていたのは、「メグちゃん」と「ノンちゃん」がそれぞれ持っていたペンダントでした。
そのペンダントが画面に登場するたびに「何て素敵なんだろう」とうっとりしていました。
何度でも見ていたかった。
そしてやっぱりより素敵に見えたのは「ノンちゃん」の(確か菱形だったと思うんですが。。)ペンダントの方でした😁
今私がジュエリーにワクワクするのは、この時代の刷り込みがあったからなのかな〜とか、未来の自分がやっていることを画面を通して見ていたのかな〜なんて思ってしまいます。
なんでもない日。今日という日に思い出せてよかったです💖

追記:
今日私はかつての自分の姿についてのキーワードを受け取った時、泣いてしまいました。そこから「魔女っ子メグちゃん」を思い出すことになったのですが、このブログを投稿した後に、今日のできごとの意味の答えを天使たちが持ってきてくれました。
必ず、答えはやってくる。
自分をどこまで信頼できるか。
それしかないと思います💖
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