2026年も2ヶ月が過ぎようとしている。
年始から調整が続いていて、なかなか書くことができなかったことを、今更だけどここに記録しておこうと思う。
お正月に見ることになったアニメ「チ。地球の運動について」の話だ。
私はお正月になぜかその年のテーマになるような物語を一人で見ることになるというのが、数年前から続いている。
今年は、去年の秋「進撃の巨人」を見て大興奮だった私を見たいく人かが勧めてくれた「チ。地球の運動について」というアニメーションになった。
最近、子供の頃大活躍していた有名人の訃報をチラチラ聞くようになっている。大概が両親の世代だけど、それでも当たり前に存在していた人々がいなくなってしまうっていうことはなんだかとても不思議な気分だ。
どんなに有名だった人も、
あっという間にいなくなってしまうんだってことを、否応なく知らされる。
見上げるような舞台で活躍していた人々も、100年後に名前が残っている人なんて、ほぼいないこともこの年齢になると想像できてしまうようにもなった。
人間なんて儚いもんだなと思う。スピリチュアルで言われているように、心を解放し今をキラキラして過ごしたとしても、結局は何も残らない。
砂漠の砂を一生懸命固めて、お城や人形を作ってそこに物語を作っても、あっという間にまた砂に戻ってしまうように、人間の歴史なんて儚いもんだ。
ましてや、なにものでもない普通の人々は、その砂の塊にさえしてもらえないんだ。
けれど、アニメ「チ。」を最後まで見た時、そんな歴史に残らない人間たちの営みが、どうやってつながっていくのか、どんなふうにこの世界に足跡を残していくのか、その答えをもらった気がした。
「正しいか正しくないか」「意味があったのかなかったのか」そんなものを超えたところに、私たちの生きた意味がある。
それは時間や空間を超え、例えば、アニメーションと私の間という、現実とフィクションという全く別のパラレルワールドさえも超えてくる。
物語を一貫して貫く「感動」によって動いた人々の記憶は、必ず宇宙のどこかにつながっていく。
そんなことを教えてくれた壮大なこの物語に脱帽だ。
優れた作品というものには、それを象徴する固有の「リズム」というものがあると思っている。
それは、絵画とかデザインとかジャンルは問わず、人が紡ぎ出すものの中に存在し、私は結局は全て音楽なのだとも思っている。おそらく私が感じる「リズム」とはスピリチュアルでいう「波動」なのかもしれない。
とにかく、今回のアニメーションにもそのリズムがあり、それをオープニングとエンディングの二つの曲が見事に表現してくれていた。
曲を聴くと、私の中でまた物語は再生され、数多の時空に存在する人々から受け取った生きる意味を私は思い出す。
この先、私が今生きている世界からあっちの世界に反転するその時に、身体の中でこの曲が鳴ることになったら、私はきっとものすごく満足してこの世界を離れられるだろう。なぜなら私が受け取ったバトンがまたどこかにつながっていくことを思い出すことができるから。
こんなふうに、体験を深く感じ取れるようになったのは、多分私が「見えない世界」に意識を向けるようになったからだと思う。それはスケールは違うけど物語の登場人物たちが空を見上げながら星を不思議な気持ちで見つめては「なぜ?」を繰り返すのと似ているかもしれない。
だから私は、
この時代に生まれてきた自分。
そしてそこからいろいろな体験をしている自分。
それを自分なりに知ろうとする自分を嬉しく思う。
なぜならそこに「感動」があるから。
私は見えない世界の探究に入ることで「感動」することを選んだ。
「知りたい」という欲求やそれによって体験できた時の「感動」。
消えていく私の体験は、たいした探求ではないけれど、ただ自分が感動すればいいのだ。
結局、この思いが今年の何につながっているのかはわからないけど、ここからまたYouTubeのヒーリングオラクルを復活させることになった。
まだ今年は始まったばかり。今年を振り返る時間に入った時、このアニメを見た2026年のお正月の意味を知るのだろう。
ということで、しばらくはアニメとも距離置く。
この感動を忘れたくないので、もう他のアニメは見たくないというのもあるが、
何より、自分の人生の時間を過ごす時間帯に入るから。
奇しくも今日はおばあちゃんの命日だ。
調整の時間が終わった2026年2月27日でした。
「進撃の巨人」は時間のサイクルを一つパッケージにした物語で完璧に「完了」するお話でした。だから思い出を振り返るように何度も名場面を見直したくなります。けれどこちらの「チ。」は流れる時間軸の中に見るものを引き入れ最後にバトンを渡されるような設計になっているため、見直したいという気持ちは起こりません。なぜなら流れは「今現在」も続いているからです。でも、大切なものを受け取ったその感覚が、「忘れられない」ものとなり、不思議な余韻を残します。
見ることができてよかったです。



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