「胸にあった不思議な弦」に気がついた
その不思議体験を前回は忘れないようにつぶやきスタイルで投稿しておりました。
今日はYouTubeの方で、その時の体験で気がついた「喜び」について喋る動画をアップしてみました。
6月に辻麻里子さんの「6と7の架け橋」という本を読んだのですが、この本に出てくる意識の段階分けの話が、今染み込むようにわかり始めています。
「1」から「13」まであるとされる私たちの「意識」
「1〜6」を惑星意識、「7〜13」を恒星意識と呼び、意識が二つに分けられています。
私たちが体験してきた現実というのは意識の「1〜6」のフェーズをなん度も繰り返すもので、これがいわゆる「輪廻転生」「因果応報」「カルマの繋がりによる学び」なんて表現で語られる世界で、この意識段階では「ネガティブ」というものを通して「ポジティブ」を知っていく流れになっています。
だから私はこの段階にいた時は、いろんな経験をして自分はもう「ポジティブ・喜び・幸せ」は知っていると思っていました。
ところが、夏至の時期、私はこの「6」をどうも飛び出してしまったようで、そこに入った途端、自分が全く見当違いをしてきたのだということに気がついてしまいました。
「7」からの世界は、「ネガティブ」を比較対象としない形で「ポジティブ」を感じ取っていくことを求められる世界。
「ネガティブ」がない状態で「ポジティブ」の姿を捉える。
私はこの世界に入った途端、本当にどうしたらいいのかわからず、困り果ててしまうことになったのです。
「どうしたらいいのかわからない」
これまでは、「ネガティブ」を視たり感じたりすれば、そこからエネルギーを作り出すことができたのに、「6」を抜けるとネガティブではエネルギーを作り出そうとしない自分がいました。そこはもはや活力にはならないのです。情緒的な感情の動きだけでは活力は生まれてこないのです。。
この時ものすごい無気力感に襲われ、何によって活力を生み出していくのかがわからなくなってしまいました。
今まで絶対に超えることができなかった「6」の壁を抜けて、「7」の世界に入っていく、そういう特別な時期が「今」
不足を埋めようとする考え方や行動は、すべて「6」までの世界です。
本当に、考え方、認知の仕方、そんなものがガラッと変わってしまうのが、「6」から「7」に渡った時。。
そして、よく言われている「感謝」というものも、実はこの狭間の世界にしか存在しない「ある種特別なもの」なのかもしれないと感じ始めてしまいました。。
私は「愛」という最も純粋なツブツブを人が感じた時、「感謝」という感情が生まれる、「愛」と「感謝」はセットであるものだと思っていたのですが、もしかしたらそれも違うのかもしれない。。「感謝」とは「6」から「7」に移行するこの瞬間にしか感じられないものなのかもしれない。。
そう思うと、この「6」から「7」の時期というのは、私たちが体験できる最もドラマチックな時期なのかもしれません。。
ちょっとまとまらないので、後でどんどん加筆するかもです😅
この辺のお話も、またいつかできればと思います。
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